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金沢地方裁判所 昭和43年(わ)7号 判決

被告人 田中平治

明四〇・二・一三生 農業

主文

被告人は無罪。

理由

一、本件公訴事実は、

「被告人は、昭和三〇年一月二三日より昭和四二年一月二三日まで石川県鹿島郡鹿島町長をしていたものであるが、昭和三六年六月二九日および昭和三八年六月四日に水害を受けた同町二宮地内鹿島町道二号線の災害復旧工事を建設大臣から承認を受け、同町が国庫負担による災害復旧事業として行なうにあたり、同町負担の財源が乏しかつたため多額の国庫負担金の交付を受けようと企て、事実は昭和三八年一一月上旬ごろ同町徳前一三部二九番地土建業松本徳松に随意契約により請負契約額五、八五〇、〇〇〇円で右工事を請負わせたにもかかわらず、同町産業建設課課長曾我一郎ほか同課所属吏員に指示して同年一一月二五日付の右松本徳松との請負額を六、八五〇、〇〇〇円に水増した請負契約書を作成したうえ、同年一二月五日ごろから昭和三九年四月ころまでの間に、右松本徳松が競争入札により水増した右請負額で右工事を落札し、請負契約をしたものの如く仮装した虚偽内容の災害復旧工事入札結果についてと題する文書および請負額を右水増金額とした虚偽内容の国庫負担金請求書等を作成させ、これをそのつど石川県土木事務所を経由して石川県知事あて提出し、さらに同県知事をしてその旨建設大臣あて進達せしめ、よつて建設省より石川県を経て昭和三九年二月二六日ごろから同年五月一日ごろまでの間に前後四回にわたり、北国銀行越路支店を通じ、同町二宮レ部一八九番地同町役場に、水増請負額に基き申請した前記工事に対する国庫負担金五、三二二、四五五円の送金を受け、もつて偽りの方法により実際の工事額五、八五四、五〇〇円に対する国庫負担金四、五四八、九四五円との差額七七三、五一〇円を不正に受領したものである。」

というにある。

二、当裁判所の判断

(一)  まず本件工事の請負契約の経緯ならびに国庫負担金の支出状況等について事実を概観する。第一回および第一一回公判調書中被告人の各供述記載、第三回公判調書中証人升啓一の、第四回および第五回公判調書中成田潔の、第五回公判調書中証人曾我一郎の、第六回公判調書中証人松本徳松の、第七回および第八回公判調書中証人合田耕作の、第八回公判調書中証人永江喜一郎および同松本郁郎の、第九回公判調書中証人山本正行の各供述記載、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書、升啓一、成田潔、曾我一郎の検察官に対する各供述調書、山本正行の司法警察員および検察官に対する各供述調書、林幸太郎の司法警察員および検察官(但し、昭和四二年三月一六日付)に対する各供述調書、石川県七尾土木出張所長作成の「捜査嘱託書について(回答)」と題する書面、七尾警察署長作成の電話聴取書、玉川聡作成の「回答書」と題する書面、押収してある昭和三八年度市町災害関係綴(昭和四三年押第六号の一)のうち、災害復旧事業国庫負担申請書(目論見書、設計書添付)、「昭和三八年発生市町村災害復旧工事の本年度施工予定について」と題する書面、「災害復旧工事指令前施行承認について」と題する書面、石川県知事の昭和三八年一一月二九日付承認書、「災害復旧工事入札結果について」と題する書面、災害復旧工事の着手届書、国庫負担金概算請求書、押収してある契約書綴(昭和四三年押第六号の三)のうち、昭和三八年一一月二五日付鹿島町・松本徳松間の請負契約書、押収してある三八災町道二号線災害復旧工事関係綴(昭和四三年押第六号の四)のうち、「災害復旧工事のしゆん工届」と題する書面、松本徳松名義のしゆん工届書、同人名義の昭和三九年三月六日付、同年一月二九日付、昭和三八年一二月二六日付各請求書、同人名義の工事着手届書、「災害復旧工事の着手届」と題する書面、入札結果表、林外松、姥浦本猛、巻一久、戸田乙吉、松本徳松、北村喜作、森憲一郎名義の各入札書、以上七名名義の各再(または第二回)入札書、同じく各再々(または第三回)入札書、押収してある三八年施行公共土木施設災害復旧総括綴(昭和四三年押第六号の五)のうち、昭和三九年三月三〇日付昭和三八年度公共土木施設災害復旧事業費国庫負担金変更交付決定通知書(河港第一、四七五の一号)、同年二月二〇日付昭和三八年発生公共土木施設災害復旧事業費国庫負担金変更交付決定通知書(河港第一、四七五号)、同年三月三〇日付昭和三八年発生公共土木施設災害復旧事業費国庫負担金変更交付決定通知書(河港第二四〇の一号)、同年二月二〇日付昭和三八年発生公共土木施設災害復旧事業費国庫負担金交付決定通知書(河港第二四〇号)、「昭和三八年度施行昭和三六、三八年公共土木施設災害復旧事業一部成功認定について」と題する書面、押収してある金券収受簿(昭和四三年押第六号の六)、押収してある昭和三八年度土木費台帳(昭和四三年押第六号の八)のうち、昭和三八年一二月二七日付、昭和三九年一月二九日付、同年三月六日付各領収証、同年五月四日付請求書ならびに領収証、押収してある鹿島町収入役名義の普通預金通帳三冊(昭和四三年押第六号の一三)、押収してある請書一通(昭和四三年押第六号の一六)、押収してある議会会議録(昭和四三年押第六号の一八)のうち、昭和四一年鹿島町議会第三回臨時会会議録、押収してある鹿島町長名義の普通預金通帳(No.3244)一冊(昭和四三年押第六号の二〇)を総合すると、つぎの各事業を認めることができる。

1  被告人は、昭和三〇年一月二三日から昭和四二年一月二三日まで石川県鹿島郡鹿島町長の職にあつた。

2  ところで、昭和三六年六月九日同町二宮地内町道二号線に水害をうけたが、被告人は町財政に余裕がないことから右災害の復旧工事を見送つていたところ、昭和三八年六月四日同所に再び水害をうけたので、同町産業建設課技師成田潔は同年九月ごろ右二度にわたる災害の復旧工事につき本工事費として六、八五三、九〇〇円の設計をなし、被告人は右設計に基き同月一〇日付で建設大臣あて国庫負担申請をなし、その後建設省は右設計に関し本工事費として六、八八四、四三八円の査定をなした。

3  しかしながら、右災害復旧工事については、国庫負担金のほか、町ならびに地元受益住民の負担金を要したところ、当時町財政には余裕がなく、また地元受益住民にもとうていその負担金を支出する能力がなかつたため、被告人は右工事の着手を躊躇していたところ、たまたま右工事のうわさを聞きつけた同町徳前一三部二九番地土建業松本徳松(松本組経営)は、かねて懇意な間柄にあり、鹿島町議員として産業経済委員長をしていた林幸太郎を訪ね、同人に対し、本件工事を自分に請負わせてくれるよう頼んだところ、同人より本件工事には町および水害個所に山林をもつている地元民の負担金を必要とする旨告げられ、また入札手続をどうするかについて質され、これに対し松本は「右負担金は全部出す。工事費の受取一切を任せるから右負担金はその工事費から差し引いてくれればよい。また入札したようにして請負わせてくれれば、入札の場合に他の業者との間に要する談合金を地元負担金にまわすこともできる。」旨述べ、町長である被告人に交渉してくれるよう依頼した。当時、松本は昭和三七年末にその経営する土建業が倒産し、以来その再建も思わしくない状況にあつたため、右工事を請負えば人夫賃の支払や信用回復にも役立ち、再建のめどがつかめるものと考えていた。

4  そこで、右林は同年一一月初めごろ同町役場町長室に被告人を訪れ、被告人に対し「本件工事を松本に請負わせてもらいたい。仮装入札により松本を請負人としてもらいたい。その際は工事費の地元負担分は松本に出させるし、自ら責任をもつて町へ収めさせる。」旨述べて本件工事を松本に請負わせるよう依頼したが、被告人はこれに対して明確な返答を避けた。

5  数日後、松本徳松も自ら町長室に被告人を訪れ、被告人に対し本件工事を請負わせてもらいたい旨懇願したため、被告人は同町長室に産業建設課長曾我一郎、同課長補佐升啓一、同課技師成田潔を呼び寄せ、この件について相談をした。席上、本件工事の請負契約は町の条例上原則として競争入札によらなければならないことが問題となつたが、松本は形式だけ競争入札として随意契約により自己に請負わせてくれるならば、入札申込用紙は自分が他の業者から集めて来るし、町および地元住民の負担すべき地元負担金相当額は町に寄付するからぜひ自己に請負わせてくれるようにと述べたため、被告人もようやく本件工事に着手することを決意し、松本に対し、本件工事についての見積りを提出するよう求め、また前記係員らに対し本件工事についての具体的な計画・立案をなすよう指示するとともに、同年一一月四日付で石川県土木部長あて本件工事施行予定の報告をした。

6  そこで、成田潔は本件工事の実施設計書の作成にとりかかり、同月中旬ごろ、本工事分経費を六、八八一、〇〇〇円と見積つた実施設計書を作成し、同設計につき被告人の決裁を得たうえで、金額の記入のない設計書を役場で松本に手交し、一方被告人は同月一八日付で石川県知事に対し、右実施設計書を添付して工事指令前承認願を提出し、同月二九日同県知事よりその承認がなされた。

7  他方、松本徳松は、そのころ使用人山本正行と共に本件工事の見積りをなし、損得のない実費工事額として五、八五四、五〇〇円を算出し、その旨のメモを作成のうえこれを同町産業建設課係員に交付した。

8  ところで、松本の寄付する地元負担金相当額は、町当局の設計額と松本の実費工事額との差額をこれにあてるという了解だったので、同課係員らは、右実費工事額と成田の実施設計書の工事費との差額からみて、松本から地元負担金相当額を寄付金として引き出せるものと考え、本件工事の請負契約書を作成することとし、同月二五日町役場産業建設課室内において、同課升啓一、成田潔と、松本から契約締結を委任されて同人名義の印鑑と収入印紙を持参した山本正行との間で請負金額は前記実施設計書の本工事分見積額六、八八一、〇〇〇円に近い六、八五〇、〇〇〇円と定め、その旨の鹿島町・松本間の本件工事に関する請負契約書(昭和四三年押第六号証の三のうちの昭和三八年一一月二五日付請負契約書)を作成した。右契約については、そのころ同課々長曾我一郎に報告され、次いで被告人の決裁を得た。

9  その後、曾我一郎は、升啓一、成田潔らと共に、松本が巻一久外五名から集めてきた競争入札申込用紙に手分けして所定事項を記載し、同月二〇日に三回にわたり競争入札が行なわれ、その結果松本が落札したかの如くに仮装し、その旨の書類を整えた。被告人は、これに基き、同年一二月五日付で石川県知事あて入札結果報告をなした。

10  また、前記請負契約書作成の際、升らは山本に対し、地元負担金を松本が町に寄付するというのであれば単なる口約束だけでなく、一札入れてくるよう話したところ、同年一一月二九日、松本徳松は本件工事を五、八五四、五〇〇円で請負う旨記載した町長である被告人あての請書(昭和四三年押第六号の一六)を作成して役場に持参し、右升らに提出したので、同人らはこれを保管していた。

11  そして、松本徳松は、同年一一月二八日に本件工事に着手したが、右工事は石川県七尾土木事務所技師の中間検査を経て昭和三九年三月二五日に竣工し、同年四月一〇日付で被告人は石川県知事あて本件工事の竣工届をなし、そのころ、石川県七尾土木事務所長の最終検査および建設省の成功検査を経て本件工事は無事完了した。

12  しかして、被告人は、昭和三八年一二月ごろから昭和三九年四月ごろまでの間に、本件工事の請負契約額を六、八五〇、〇〇〇円として石川県知事あて国庫負担金の請求書等を提出し、同県知事はその旨建設大臣に進達し、よつて建設省より石川県を経て、昭和三九年二月二六日ごろから同年五月一日ごろまでの間に前後四回にわたり、株式会社北国銀行越路支店を通じ同町役場に右工事請負額に対する国庫負担金合計五、三二二、四五五円の送金をうけた。

13  かくして、松本徳松は、昭和三八年一二月二七日から昭和三九年五月四日までの間四回にわたり、本件工事費として同町収入役から林幸太郎を通じて合計五、八五四、五〇〇円(前示請書記載の金額と同額)の支払いをうけた。なお、右工事費の支払いにあたつては被告人あて松本名義の請求書が四度にわたり提出されているが、そのうち三通には請負額六、八五〇、〇〇〇円の内金の支払いを求める旨記載されている。

14  また林幸太郎は、昭和三九年五月一三日、曾我産業建設課長から本件工事にかかる立木伐採補償費の名目で二七〇、九〇〇円の支払いをうけた。

15  同町収入役合田耕作は、昭和三九年六月ごろ、右曾我より前示請負契約書の請負額六、八五〇、〇〇〇円と松本に支払つた五、八五四、五〇〇円との差額九九五、五〇〇円からさらに右林に二七〇、九〇〇円を支払つた残額七一四、六〇〇円は、松本の町への寄付金である旨説明をうけ、関係預金通帳等を引き継ぎ保管するようになつたが、昭和四一年になつて寄付金ならばその旨の手続をとらなければならないと考え、被告人を通じて昭和四一年三月三〇日の第三回臨時町議会において右残額を昭和四〇年度補正予算に寄付金として組み入れることを提案し、同議会の承認を得て、同年五月一〇日、銀行利子との合計七五四、一五八円を正式に町の寄付金収入とする手続をとつた。

16  なお、本件においては請負工事額を六、八五〇、〇〇〇円として国庫負担金五、三二二、四五五円の支出をみたが、仮に、正当な工事額が松本の作成した請書記載の金額五、八五四、五〇〇円であつたとしたばあい、これに対する国庫負担金は四、五四八、九四五円であり、両国庫負担金の差額は七七三、五一〇円となる。

(二)  前段の認定事実によれば、被告人が、「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」(以下単に法という。)にいわゆる補助事業等に該当する本件災害復旧工事につき、法二九条一項所定の補助金等(国庫負担金)として国から五、三二二、四五五円の交付を受けたことは明らかであるから、被告人が同条項にいう「偽りその他不正の手段によりこれが交付をうけた」ものであるか否かにつき判断することとする。

(1) いうまでもなく、本法は、国の補助金行政の適正な運用を保障するため設けられたものであり、法二九条一項(および三三条二項)は右補助金行政が申請者側の不正な請求によつてその本来の趣旨が滅却ないしは侵害されることを防止するため厳しい処罰規定をもつて臨んでいるのである。しかしながら、法二九条一項が、単に抽象的に補助金行政の秩序・公正一般に対する危険ないしは補助金行政上の個々の手続違反自体を処罰する趣旨でないことは、同条項が補助金等の現実の交付ないしは融通を受けたばあいのみを処罰する旨規定し、同法上これらの罪の未遂の処罰規定を欠いている点、ならびに法三一条において個々の補助金行政上の手続違反について別個に処罰規定を置いている点からみて明らかである。すなわち、法二九条一項にいう「偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受け」るとは、不正手段により、本件補助金等の交付の対象とならない事務または事業について補助金等の交付を受け、あるいは当該事業等に本来交付されるべき金額を超えて補助金等の交付を受けることを指し、たとえ当該事業等に係る工事の入札につき本件の如く競争入札を仮装した場合であつても、補助金等を交付されるべき資格ある事業等について正当な金額の交付を受けた場合はこれに含まれないと解すべきである。

(2)  検察官は、被告人と松本との間の本件工事の請負契約額は五、八五四、五〇〇円であつたにかかわらず、被告人はこれを水増し、同人との請負契約額が六、八五〇、〇〇〇円であつたかの如き請負契約書を作成し、これに基き国庫負担金五、三二二、四五五円の交付を受けたものであると主張する。

右主張に関し検察官は、公訴事実において、昭和三八年一一月上旬被告人と松本との間に請負額五、八五四、五〇〇円で本件工事の請負契約が成立したとし、あるいは論告において、松本が同額の請負額を記載した請書を町役場に提出した同月二九日に同契約が成立したかの如く構成する。そして、その論拠とするところは、松本は当時倒産寸前の状態にあつたから、本件工事を請負うことによつて儲けはなくとも工事人夫の経費はまかなえるので、これが実績となつて将来の信用回復ひいては経営の建て直しにも役立つから、松本は五、八五四、五〇〇円で本件工事を請負う気持であつたということと、本件請書の記載内容は要するに松本が五、八五四、五〇〇円で本件工事を請負うというものであつて、右記載を弁護人ら主張のごとく請負額六、八五〇、〇〇〇円と前記金額との差額を町に寄付するという趣旨には解し得ないということにある。

たしかに、第六回公判調書中松本徳松の供述記載によると、松本は本件工事を請書記載の五、八五四、五〇〇円で請負つたかの如く述べている。しかしながら、本件工事は町および地元受益住民に地元負担金を支出する能力がなかつたためにその着手が見送られていたものであるところ、林幸太郎および松本徳松自身の懇請により町当局としても着工を決意するに至つたものであるが、この決意をなすに至つた最大の動機は、右林および松本から、二度にわたり松本において地元負担金相当額を寄付する旨の申入れがなされたことにあつたことは前段(一)に認定の経過より見て明らかである。しかも、当時松本は、林に対し「(地元負担金は)工事費から差引いてくれればよい。大きい業者から入札書をもらつて来て出すから、入札したようにすれば他の業者による談合金を費わなくてすむから、その談合金に費う金を地元負担金に廻すこともできるから、是非俺にやらせてくれるように町長に話してみてくれ。」などと頼み(林幸太郎の検察官に対する昭和四二年三月一六日付供述調書)、被告人ら町当局者に対しても地元負担金相当額は出すから是非請負わせてほしいと懇請し、林も被告人に対し「入札になると松本に工事が落ちないかも判らないし、どうしても工事を取るとなると談合資金もいるので、その様な金を地元負担金に廻せばいいし、入札用紙なども全部松本が集めて来ると言つている。」と話していた(被告人の検察官に対する供述調書)ことや、松本自身前掲公判調書中において「町当局としては工事の諸経費を二割見込んでいるからこれを全額もらえれば地元負担金を出してもよい。本件工事ではこの二割を見積らず損も得もない金額で請負つたのだからこれから地元負担金を出すものではない。」旨述べていることなどを合わせ考えると、松本は地元負担金相当額を寄付するという条件で本件工事を請負つたものであり、その寄付金額は請負契約額と損得のない実費工事額との差額をもつてこれにあてるということで、関係者らの間に了解が成立していたものと認められる。もつとも、当時は右寄付金額は具体的に明確になつていなかつたものであるが、その後成田技師が実施設計書によつて本工事分経費として六、八八一、〇〇〇円を算出し、また松本が、いわば損得なしの実費工事額として五、八五四、五〇〇円の支払を受けたい旨町当局へ伝え、まもなく町当局と松本の指示により同人の印鑑を持参した山本との間で請負額六、八五〇、〇〇〇円の本件請負契約書が作成されたのであるから、ここに至つて右松本の寄付すべき金額が本件請負契約書の請負額と前記実費工事額との差額九九五、五〇〇円であることが明確になつたわけであり、松本も本件請負契約書の請負額が六、八五〇、〇〇〇円であることを当時すでに知つていたものであることは山本正行の司法警察員および検察官に対する各供述調書により認められるので、これらの経緯からみると、松本は右九九五、五〇〇円を地元負担金充当分として町に寄付する意思であつたものと認めて差支えない。したがつて、この点につき不明確な供述をしている松本の前掲公判調書中の供述記載部分は到底措信できない。さらにまた、このような経緯と本件請書が本件請負契約書の成立に数日遅れて提出されている点からみると、町当局の方では本件請書を右寄付金についての証書とする意図で提出させたものと認め得べく、このように認定することをもつて道理に反するものと言うことはできず、検察官の主張する如く、本件請書の文言に重点を置いた解釈は本件の事情の下では疑問であり採用することができない。

もつともその後の町役場における会計上の処理は必ずしも右九九五、五〇〇円全額を寄付金収入と扱うことなく、林幸太郎に対して本件工事にかかる立木伐採補償費として支払つた二七〇、九〇〇円を控除した残額について寄付金収入の扱いをしたものであることは前認定のとおりである。これは一面において松本が提供するという地元負担金につき町の負担分と地元受益住民の負担分との内訳さえ具体的に定めることなく話が進められたことより惹き起された手続のずさんさの一端を示すものであるが、しかしこのことは寄付金配分の会計処理上の問題とみることができ、本争点に直接の関係を有しないものである。

以上説示のとおり鹿島町と松本との間に契約された本件工事の請負額は請負契約書記載の六、八五〇、〇〇〇円とみるのが相当であるといわなければならない。そして、本件工事につき成田技師が算出した実施設計額は六、八八一、〇〇〇円であり、その後請負契約額を六、八五〇、〇〇〇円として着工し、石川県七尾土木事務所技師の中間検査、同事務所長の最終審査および建設省の成功検査を経たが、前掲各証拠により明らかな如く右契約額について何ら問題とされたことがなかつたことは、本件工事が右請負契約額に見合うものであつたことを窺わせるものというべきである。

(3)  もちろん補助金行政の適正化の観点からすれば、請負業者が地方公共団体の工事を請負い、該請負額の一部を寄付しようとする場合には、まず正当な利益を含んだ見積額によつて請負契約をなし、該金額を受領する際に寄付行為を行うことが望ましく、かかる方法をとることなく、本件の如き態様で寄付を行うと、該請負契約額につき水増しがあるのではないかという疑念を生ぜしめやすいから望ましくはないと言えるのであるが、法二九条一項にいう「偽りその他不正の手段により補助金等の交付を受ける」という意味は、前説示((2)・(1))の如く解すべきものであるから、本件の如く請負契約額が結局正当なものとみられる場合に、寄付金捻出の方法およびその処理が不当であつたというような理由によつては同条項に問疑することは許されないと考える。

(三)  なお検察官は、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書、升啓一、成田潔、曾我一郎の検察官に対する各供述調書中には検察官の主張に副う供述がある旨主張するのであるが、これらの各供述調書を仔細に検討すれば、被告人らの述べていることは結局前段(一)の認定事実の趣旨に外ならないのであつて、本件ではこれらの事実が果して法二九条一項の構成要件事実に該当するものであるか否かが問われているものであることはこれまで述べ来つたところより明らかであるから、これらの供述記載をもつて直ちに検察官の主張に副うものと解すべきものではない。

(四)  以上のとおりであるから、検察官の主張は認め難く、結局本件においては公訴事実につき犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法三三六条により被告人に無罪の言渡をすることとする。

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